功山寺 曹洞宗 山口県長府 中国観音霊場第19番札所 http://www.npweb.com/kouzanji/

 1327(嘉暦2)年創建。曹洞宗。昔は長福寺という寺名でしたが、1602(慶長7)年毛利秀元がお寺を盛り返したときに曹洞宗に転宗し1650(慶安3)年に毛利家の香華寺となり、功山寺と改称したそうです。

 功山寺高杉晋作が長州藩保守派打倒のクーデターを起こしたときの、最初の挙兵の地として有名ですが、毛利元就が当時中国地方で勢力を誇っていた大内氏を討ったときの歴史もここ功山寺に関係していて興味深い歴史舞台です。

10代藩主毛利匡芳によって1773(安永2)年に再建された山門です。
ここの手前の石畳でコケてしまった、この山門をくぐると国宝の「仏殿」が眼に飛び込んできます。

鎌倉時代末期の唐様建築様式の典型的な建造物だそうです。
しかも禅寺様式としては日本最古のもの。
柱上部に「此堂元応2年(1320)卯月5日柱立」と記述があるそうでその頃建てられたものとみられています。(寺伝には1327(嘉歴2)年創建とある)
屋根のそりっぷりが素晴らしいです。気持ちいいくらいの曲線美です。

今度は、この達磨さんを描こうかな。 ガイドのおじさんについて、長府の町並みを歩く。もう一度行ってみたい町並みであった。

 時代は下って幕末、藩から解散させられ長府に身を寄せていた奇兵隊らを集めて、長州(萩)藩のわからずや保守派を武力によって倒してしまおうと決起を促しました。(しかし結局彼に同意したのはたったの80人)

 1864(元治元)年12月15日の深夜、高杉晋作はここに潜伏していた五卿を訪ね「是よりは長州男児の腕前お目に懸け申すべく」と挨拶し、80人を率いて
下関新地の藩の会所などを襲撃したそうです。


   トップページに戻る

inserted by FC2 system