賢司君のおみやげ (ある本に良い話しがありました。涙が出るようないい話しです。)
今から二十年ほど昔になりましょう。私が受け持っていた賢司君という子どものことをお話したいのです。
賢司君が五年生のときでした。賢司君のお父さんは時計屋さんをしていましたが、ある日の朝、店先の日さしをなおそうと、お父さんははしごに登ってそれを修理しておられました。ところが運悪く、日さしを支えていた柱が腐っていたので、そこが折れてはしごがはずれてしまい、あっという間にお父さんはまっさかさまにコンクリートの歩道に落ちて、頭を強く打って、そのまま死んでしまわれました。
賢司君の大好きだったお父さんです。賢司君はもちろんのこと、お家の人たちはそれはそれは悲しみました。
賢司君は人なつっこい素直な子でしたので、私の家へわんわん泣きながら、そのことを知らせに来たのです。
急にお父さんを亡くしてしまった賢司君がほんとうにかわいそうでした。その後しばらく賢司君は学校に来ても沈んでいましたが、日がたつにつれてだんだん元気を取り戻してくれました。
年が明け、賢司君は六年生になりました。楽しみに待っていた修学旅行がやってきました。長野から汽車に乗って諏訪湖までの旅です。いろいろな所を見学して旅館で一泊し、いよいよ明日は一番の楽しみの遊覧船に乗っての諏訪湖一周です。
子どもたちを乗せた遊覧船は、白旗をけたてて勢いよく湖上を走っています。みんなは湖をわたるさわやかな風をあびながら、歌をうたったり、景色を眺めたりして大はしゃぎです。
そのうちに賢司君は何を思ったのか、急にリュックの中から大きなビニール袋を取り出して、船の行くてに口を広げて両手をかざしています。ビニール袋は、諏訪湖の風をいっぱい受けて膨らみました。賢司君はその袋の口を輪ゴムでしっかりくくりました。
遊覧船を降りても賢司君は、そのかさばる大きな空気袋をリュックにゆわえておき、いかにも得意げに旅行を続けていました。帰りの汽車の中でも、友だちが触ったりすると、「こら!」といって怒りました。とうとう家に帰りつくまで大事に持ちかえったのです。いったい賢司君はその袋をどうしたのでしょうか。あとで賢司君のお母さんが学校へ来られ、涙ながらに、でもうれしそうに私に話してくださったことで、賢司君のしたことがわかったのです。
賢司君は家に帰り着くと、すぐさまお仏壇の前に行き、お父さんの位牌に向けてビニール袋の口を開き「お父さん、諏訪湖の空気だよ、いっぱい吸って!」と言って、お位牌にその空気を吹きかけてやったのだそうです。
私も、お母さんからその話しを聞いたとたん、胸がつまってしまいました。親思いの賢司君が持ちかえった修学旅行のおみやげ、何とすばらしいものでしょうか。お金をいくら出して買ったおみやげでも、この賢司君の心のこもったおみやげに到底及ばないでしょう。
賢司君はやんちゃ坊主でもありましたが、明るくさっぱりしていて、元気な子でした。そしてこんなやさしい心を持った子でもあったのです。
今はりっぱな青年になり、人からも信頼されています。
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