しめ縄作り    本郷小学校5年生   2005.12.6

子ども達がプランターで米を作り、昔の道具(千歯や脱穀機など)を使って脱穀を経験、今日はそのワラを使ってしめ縄を作ってきました。
「縄をナウ」と言う言葉を説明、その後は稲の穂との格闘すること2時間、立派なしめ縄が出来上がりました。
今日も子どもたちの輝く目を見てきました。
それにしても、学校の校門を入るなり子どもの一人が「オッちゃん!今日は何を教えてくれるの?」「今日はしめ縄を作るぞ!」「それ、去年やったよ!」
そうです、6年生だったのです。嬉しいですね、地域のオッちゃんとして認められたのです。
一人でも多くの大人が、地域の子どもたちと日常的につながりを持っていたならば、最近あったような嫌な事件は起きないと思うのですが・・・・・・。

ところで、しめ縄の起源を知っていますか?

本日の発見!しめなわとは何だろう。
「なわばり」を侵す、「なわばり」争いなどと云われるように一本の縄が境界を示し、占有のしるし、立入禁止のしるしを表します。
神代の時代、天照大神が天の岩戸からお出になった後、岩戸に縄を張り再び中に入れぬようにしたそうです。
この縄は「尻久米縄」と云われたと古事記に記され、しめなわの始まりとされています。

又しめなわには清浄・神聖な場所を区画するため引き渡されます。
これが神社などに掲げられる訳です。巨大な岩や樹木、清浄な井戸、瀧、寺院にも掲げてることろもあります。
正月、門松とともに戸口にしめ縄飾りを置くのも、家の中に悪霊を入れず、穢れをさり無病息災・家内安全を願ってのことで。

ここで平凡社の「世界大百科事典」から、『しめなわ』の説明を見てみました。

神域など神聖な場所を限って不浄悪穢の侵入を防ぐ縄。標縄、七五三縄とも書く。記紀では〈尻久米縄しりくめなわ〉〈端出之縄しりくへなわ〉と書かれている。
《万葉集》の歌にも、一定の区域を占有・隔離する意味でシメという言葉がすでに用いられており、〈標〉のほかに〈印〉〈縄〉などの文字が当てられている。
シメは占め〈占有〉の印であり、印之あることによって占有の状態を示したものである。
神域に張られたしめ縄は、いわば神の〈結界占地〉を標示するものとなっている。
民俗のレベルにおいても新年に村境や門口に張ったり、神社や神木、磐座などに張るなどしめ縄の登場することは多いが、いずれの場合も場合も、なんらかの意味で内と外を区別するものである。
ふつう内側は浄域、外側は不浄域あるいは俗域と考えられている。
朝鮮のクムジュル〈禁縄きんじょう〉をはじめ東南アジア一帯にもしめ縄に類する境界標示装置が見られる。

[朝鮮] 朝鮮ではクムジュル(禁縄)、ウェンセキ(左縄)などとよばれ、主として中部以南地方にみられる習俗で、稲作文化の文化要素として日本の例と共通する点が多い。
通常の縄とは逆に左よりになわれ、紙や帛、枝葉などがつるされる。
家庭では子どもの出産後、3週間までのサムシンハルモニ(産神婆)をまつる期間に家の大門や戸口に張りめぐらされ、男児の場合には唐辛子や木炭、
女児の場合には紙、松葉、木炭などをつるして、喪礼中の不浄な者の侵入を防ぎ、火と食物の持ち込み、持ち出しを禁じる。
牛馬や豚などの家畜の出産に際しても同様の儀式を行う地方もある。このほか、家庭や村での巫儀や告祀など重要な儀礼を行う際にも張りめぐらせ、同じく呪的効果をもつ黄土をまくこともある。
村の祭りの祭場となる神木や祠の周辺、祭官の役目を行う人の家などでもしめ縄を張りめぐらされ、やはり黄土がまかれる。

今日作ったしめ縄は、きっとすばらしい2006(平成18)年を迎えてくれるものと確信します。

しめ縄の由来を説明! ここを、こぎゃーにするんよ。わかるか?
よう見とけよ! ここんとこをのー きつうーまくんじゃー! ほー、上手いこと作ったのー
この嬉しそうな顔!顔!顔! これがあるから、やめられないのだ!  
全員集合!本郷小学校の5年生のみなさんです。 みんな輝いていますね。 ところで、私は何処?

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  本郷地域センター交流の旅     2005年12月17・18日

本郷町には私が所属している「本郷地区社会福祉協議会」の他に、「船木地区・・・」「南方地区・・・」「北方地区・・・」の社協があります。
この4つの社協が、お互いに交流をしよう!と一泊二日の旅行に行って来ました。
参加者は19名、8時に本郷を出発するが「廿日市で交通事故のため山陽道は通行止め」とのこと、これがこの度のつまずきの始まりでした。
沼田SAで休憩後、中国道に入ったのですがすぐに雪!雪!ユキ!
運転手は「新雪なので、運転しやすいですよ」と、スイスイとバスを進める。
山口県には行ってもまだ雪が降っていました。
下関の唐戸市場で食事(魚市場の中にいろんな食事所があります)、その後ボランティアガイドさんに門司港のレトロタウンを案内してもらいました。
そして来た道を帰り、本日は「一ノ俣温泉」で泊まり!

今回の旅行に参加された皆さんで、現役を引退し今は福祉活動に頑張っておられます。
この大型バスに19名!それにしてもこの雪 門司駅の中は昔のまま、駅員の制服も! このビルが魚に見えるとか!どうですか?
門司駅をボランティアガイドさんが説明 これは何処の説明だったか? 夜の宴会は、みんな楽しく終了!

朝起きて見ると、外は雪!ユキ!ゆき! ここがこの雪なら?と思っていると案の定、中国道も山陽道も通行止め。
「もう一泊するか!」とうれしい意見も出ましたが、「行けるとこまで行こう。」との正常な発言が勝ち、9時に仙崎港を目指して出発しました。
童謡詩人「金子みすゞ記念館」を見学、その後昼食をとり出発する寸前に、岩国まで開通との情報が!
急いで美祢ICより中国自動車道を走り、岩国の前の「下松SA」で様子を見ることした。
SAには、トラックをはじめ多くの車が待機中。しばらくすると無事開通し、それと同時に多くの車がカーレースの様にスタートしたのです。途中徐行することもありましたが、無事に予定より1時間早く本郷まで到着しました。(今日の見学箇所をカットしましたが・・・)
たのしい二日間でした。                                                                   

寒い中、震えながらガイドさんの説明を真剣に聞く! すばらしいですね。 記念館の中にある井戸!

                                                                                  社協のトップページに戻る


    サンタさんがやってきた!    2005年12月20日  本郷保育所

今年もサンタさんの時期になりました。 「今年もお待ちしています。」との声で、保育所に行ってきました。
「サンタさんはどうして、冬に来るんですか?」 「サンタさんは食べ物で何が好きですか?」 「サンタさんの歳は?」
保育所には、ヒゲを見ただけで泣き出す0歳児から、「このヒゲはニセモノだ!」と言う4歳児までがいます。
しかし、どの子もプレゼントをもらう時には、良い顔をしていました。

総合技術高校福祉科のみなさんも手助けに来てくれました。
プレゼントを渡すと「ありがとう!」の大きな声、これがあるから止められないのです。 昼食を一緒にいただきました。

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